いずれ自分も”時代遅れ”になる

僕は最近よく思います。

「あ、俺もそろそろ時代遅れになるな。しかも思ったよりも早く来るぞ」

なぜこう思ったかというと、最近の悩みがまさにこれだったんです。

これまで20代の頃は、生徒たちとも年齢が比較的近く、話も合いやすく、気持ちも理解できていた(つもり)。

しかし、30代になり、日々生活しているうちになんとなく「最近の若者」の解像度が落ちてきたように思うんです。

どんなものに心を躍らせ、どんなものに悩むのか。

もちろん時代を問わない人間関係の問題などもあります。

しかし、その人間関係でさえ、今はSNSなどが大きく関係してくる時代です。
もちろんこれもわからないではないですが、やはり生徒たちは生徒たちの文化があり、いずれそれが全くわからなくなる日が来るのだろうと思います。

そしてそれに加えて、最近よく思うのが、「自分は思ったよりも強くなりすぎている」と言うこと。

教員時代には経験できなかった苦労を経験できたことで、めちゃくちゃ経験値は増えたし、成長もしたと思います。

そして「強く」なったと思います。

でも、それが教育には少しマイナスかもなと思うんです。

『結局悩んでる暇なんてなくて、行動するしかない』

こういう結論がわかってきたからこそ、”実感として”生徒の苦悩がわからなくなって来るはずなんです。

なんと言うか僕の良さは、生徒の立場に立って等身大まま生徒たちと向き合う熱意と行動量だと思っていました。

しかし、それが僕だけが伝わると勘違いした熱い男になりかねないなと感じるわけです。

僕もありました。

教員時代、管理職に「今の子供達にあった教育をすべきで、あなたたちの考えは古い」と言いたくなったこと。

でもそれって、今思えばきっと、やる気がないとかじゃなく本当にわからなかったんだろうな、と。

僕はそれに対して、どう思うかと言えば、わからないから仕方ないよね、とはならなくて、さっさと次の教育者にバトンを渡すべきだと思っています。

僕の感覚だと、40代になったらきっと本当にわからなくなりそうです。

生徒たちの文化や環境を理解した上で、適切な指導をするためには、年齢制限があるかもしれないと最近よく思います。

僕に残された現場年数は10年を切っていると思うと、次の若い、僕よりもこれからの生徒たちをちゃんと理解した教育者を育てないといけないなと思っています。

いよいよ僕にも「教える人を教える番」がやってきたのかなと思っています。

きっとこれを読んでいる方は31歳で何を言ってるのかと思う方もいるかもしれませんが、僕は日本を変えることに本気です。

少しでも日本を教育からよくしたいと思っています。

だから僕がどうしたい、ではなく、どうやったら日本が少しでも良くなるかを考えた時、僕はさっさと退いて次の世代にバトンを渡す準備をしたいと考えているんです。

そしてこのバトンはしっかりと渡したいし、急には渡せないし、渡す人材もいないので、長期的な視点でこれからもNii Schoolを良い教育機関にしていきたいと思っています。

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