“とりあえず”の先をデザインする | 希望ヶ丘大学受験専門塾ブログ

「“とりあえず“の先をどう設計するか」

帰省をして、いろいろと感じたことをブログにしようかなという風に考えています。

今日は、「ゆめタウンを作ったら最強だな」という話をしたいと思います。
このゆめタウンっていうのは、九州の出身の人だったら必ず一回は行ったことがある、総合型の商業施設なんですけど、関東で言ったらララポートみたいなものです。ただ、ララポートとはやっぱり全然雰囲気が違うんですよ。作りも全然違います。

田舎では、街まで出るのに時間がかかるんです。
だから、小学生からお年寄りまで、休みの日は「とりあえずゆめタウンに行くか」っていう会話によくなります。

最近、帰省してみて、起業してビジネスをやるようになってすごく思ったのは、「とりあえずゆめタウン」というその「とりあえず」の先を作るっていうのはすごく強いなと。

「とりあえずゆめタウン」を作ると、普通の日曜日なのにめちゃくちゃ混んでるんですよ。
田舎って都会より人少ないですからね。関東よりも少ないのにもかかわらず、別に仕事場とか、例えば東京で言う品川とか渋谷とか新宿みたいな、何かのハブ駅とかそういうことでも全然ないのにめちゃくちゃ人が多いんです。

そこにはちびっ子から小学生、中学生、高校生、おじいちゃんおばあちゃんまでいるわけなんですけれども、お店見てみるとスカスカなんです。

つまり、目的があって来てるわけではないので、もちろんお昼ご飯とか洋服をチラッと見る人もいるんだけれども、とりあえずゆめタウンに行ってるんで、何か目的があるわけじゃないんです。

だから、お店にいるわけじゃないんです。

とにかく通路でいろいろ歩いたり、椅子に座っていろいろ話したりとか、最近の学校の様子や部活の様子、家族のこと、仕事のこと、いろんな話をしてるわけなんです。
そこにあるゆめタウンの中で話しているという安心感、ちょっとした、外に出るっていうところがすごく大事なんだろうなという風に感じました。

多分、ほとんどの人はこれ、ゆめタウンじゃなくても成立する。
家でも話せるだろうし、何なら家にいて電話でもいい。
でも、とりあえずゆめタウンに行くっていう行動を起こすことによって、何か出かけたっていう口実にもなるし、休日を無駄にした感じはなくなるわけです。つまり、ゆめタウンに行くことで、自分の充足感を得ているという感じなんだろうと思います。

これを塾と照らし合わせた時に、これは本当に大手予備校と全く一緒なんですよ。
「とりあえず大手予備校に行くことで、勉強した気になる、勉強しているという錯覚に陥ることができる」というのはすごく安心することなんですよね、受験生にとっては。

だって、勉強しないってことはかなり不安だし、ひけ目に感じることなんで。なので、「とりあえずどこどこ」という「とりあえず」のところをデザインするというのは、かなりの労力と体力が必要ですがめちゃくちゃ強い。

自分たちがどういうふうに戦っていったらいいのかというところをしっかり考えないといけないなというふうに感じました。

経営者になるまでのゆめタウンって「何とかつまんねえな、でも人多いな、めんどくさいな」みたいな場所だったんですけれども、経営者になってからですね、ゆめタウンほど強いものはないじゃないかっていうふうに、かなり崇拝するようになって、見方がかなり変わりました。

ちなみに、このゆめタウンで感じたことはもう一つあって、なぜ田舎の方がエネルギッシュな子供たちが育ちやすいのかというのを感じたので、それはまた別の記事に書きたいと思います。

やっぱり、九州に帰ってきて中学生たちのエネルギーは、九州の方が強い気がします。

体育祭の様子とかも見てても、非常にエネルギッシュですね。

「自分たちで作るぞ!」とか、「自分たちで盛り上げていくぞ!」という熱量がやっぱり高いなと思いました。

エンジン組んでみんなで声かけて、最後はみんなで歌うぞ的なね。

すごい熱苦しいものを感じて、いやーいいなというふうに思ったので、それについてまた考察を書きたいと思います。

それじゃあまた!

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